長期休暇

先々週くらいに現職の最終出勤日だった。まる3年勤めて有給がそこそこ溜まっていたので、3月の最後の三週間は有給消化にあてた。自分がすでに三年も働いたのだと思うとびっくりだ。

この休暇は休息に使うと決めていて、基本的に本を読んだりして昼過ぎから新宿に出て映画を見て、適当なビールバーでクラフトビールを1,2杯飲み、日が沈みきらないうちに帰宅するという生活を送っている。今日いつも行く美容室のお兄さん(お兄さんというには少々年を食っているかもしれない)に、村上春樹的ですねといわれたがそうかもしれない。ある種の病気なので、やることがないと最近の論文を読んだりして最新の業界事情にキャッチアップしていかないといけないという気持ちにもなるが、それをなんとか抑えて、本を読み映画を見てビールを飲んでいる。

いつも行く美容室にはなぜか自分と同じ大学出身の人が何人か長いこと通っているらしく(全く知らない人だが)、官僚をしていたり、企業で期待されるポジションにいたりしてプレッシャーがひどく、半分くらいは心を病んでいるという話を聞く。それに比べると君は悠々自適に暮らしているねとも言われた。そんなにのんきに暮らしているつもりはないのだが、相対的にはそう見えるのかもしれない。

退職をすると、社内のスラックにアクセスできなくなり、人間関係が急に途絶える。何人かとはSNSで繋がってはいるのだが、仕事という共通の基盤なくして長期的に付き合っていくことは難しいだろう。そもそも自分は人見知りで、だれかと始終コミュニケーションを取っていたいというような欲望はまったくないので、自分から気軽に声をかけたりはしない。そういうことを考えるくらいなら本でも読むかという気持ちになってしまう。自分が60だか65で定年になったら一気に人間関係が希薄になってしまうんだろうと思う。仕事とかそういう共通のファクターなしで付き合い続けられる友人は、自分が思っているより10倍くらいは貴重なのだろう。このことに今のうちに気づくことができてよかった。

休みに入って最初に読んだのは、村上春樹の初期三部作『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』。今まで何回か読んできた本だが、改めてネットの他の人の感想とも合わせて読み直すと色々と発見があった。特に『風の歌を聴け』は自分は好きな割には全然読めていなくて、この辺のブログでだいぶ頭が整理された。

necojara.com

この作品には物語的な仕掛けが色々ある。例えばジョン・F・ケネディの話が示唆する人間関係や、鼠とラジオDJの相似など。しかしこの小説を真に魅力的にしているのは、そういう細かい謎とか伏線のようなものではなくて、むしろ全体を通底しているリズムと、時代の空気を言葉として落とし込んだ文体だと思う。これらが細かい事はわからずとも読者を惹きつける歌のように機能しているのだと思った。

それから読み終わったのはサマセット・モームの『人間の絆』。

人生で読んだ小説の中で、TOP 5に入る傑作だった。主人公のフィリップは内向的で鬱屈した性質で、若く純粋だった彼が愛の苦悩と金銭的な痛手を経験して彷徨し、ついに人生についての答えを得るという筋書き。フィリップが他者との比較やフィクション的な憧れからついに解放されるラストは清々しい。モームはフィクションにエンタメ性を求める作家なので、結構長い小説だったが、退屈せず読める。特に、縁が切れたと思った悪女と結局何回も出会っては別れてを繰り返すのは俗的だが思わず感情移入してしまう。

この二週間で見た映画の中では、『BLUE GIANT』が一番良かった。

bluegiant-movie.jp

才能と努力を全て注ぎ込んでひたむきに道を進む若者の話。純粋に物語が面白い。機会に恵まれなくても、トップにいなくても音楽を楽しみ続けることはできる。そういうことに救いがあると思った(あまり本筋ではないが)。

休みはのこり一週間くらいなので、そろそろちょっと新宿よりも外に遠出をしても良いかなと思う。